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京都簡易裁判所 昭和38年(ハ)213号 判決

原告 山田秀次郎

右訴訟代理人弁護士 坪倉一郎

被告 石田宇助こと 石田外三郎

被告 稲葉卓造

被告両名訴訟代理人弁護士 越智比古市

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

本件家屋を原告が被告石田に対して、賃貸していること、被告石田が右家屋に被告稲葉を同居さしていることは、当事者間に争がない。

原告は右被告稲葉の同居は転貸にあたるから、これを理由として被告石田との本件家屋の賃貸借契約を解除すると主張するから、その適否を検討する。

≪証拠省略≫を綜合すると、被告石田は六十余歳の老令で、昭和二十六年頃から汎発生紅皮症(全身)にかかり、入院治療につとめたが、同三十一年六月頃、経済上の理由で退院し、その後は俣野医師の許に通つて治療を受けているが、病状は一進一退、加えて高血圧症でひどくなるときは歩行も困難なこと、本件家屋の構造、設備は、被告ら主張のとおりであつて、(この点は原告の認めるところ)右のような病状の被告石田は、とうてい単独で生活をつづけることは困難であること、同被告には娘一人があるが明石に嫁入しており、同被告の収入はこの娘の一ヶ月金五百円の仕送り金の外、生活扶助、障害年金のみであつて、看護のため他人を雇入れることのできないこと、被告稲葉はもと被告石田がタクシー営業をしていた頃雇われていたものであるが、昭和十七年頃被告稲葉の先妻が入院、死亡した際には、多額の金を被告石田より借り受けた恩義のあるものであるところ、昭和三十三年三月頃(被告石田の妻は同年一月死亡)被告石田が右のような病気のため単独生活の困難なことを知るや、往年の恩義に酬いるため、まずその後妻を朝夕被告石田の家に通わせて、看護をさしたが、被告石田の病状は右の方法では看護などに事欠くのみならず、被告稲葉一家の生活にも支障をきたすようになつたので、昭和三十八年三月頃ついに家族全体で被告石田を看護するに若かずとして、本件家屋に家族ともども同居するに至り、その後は家族交代で被告石田の看護などつとめており、従つて被告稲葉は被告石田に賃料などを支払つていずまた被告石田の病気回復の暁には、被告稲葉一家は本件家屋を退去することとなつていることを認定することができる。これに反する証人吉岡一馬の証言はにわかに信用できない。

そして以上認定のような被告石田の病状、生活と被告両名の永年の関係などから考えると、被告稲葉一家が本件家屋において、被告石田と同居しているのは、むしろやむをえないところ、すなわち被告稲葉は、被告石田の賃貸権の下で適法に本件家屋に居住しているものというべきであつて、これを目して、賃貸借契約における信頼関係を破壊するものということはできない。

なお原告は、被告稲葉がその家族の他、二十三歳位の女子を本件家屋に入居せしめたことを非難するが、それは被告稲葉の先妻の子で、四、五日間本件家屋に同居したことがあるにすぎないことは、被告石田本人尋問の結果によつて明かであるから、これをもつて、被告石田に不信行為ありということはできない。

また原告は、被告石田は原告より他人を本件家屋に入れないよう警告されるや、多額の立退料を要求したというが、仮りにかような事実があつたとしても、前段認定の事実の下では、被告石田としては、他人を同居せしめざるをえない窺境にあるわけであるからこれまた不信行為とするに足りないといわねばならぬ。

以上のように、これらの事実を綜合してみても、被告石田に賃貸借関係を破壊する不信行為ありということができないから、原告の解除は無効というべく、この解除を前提とする被告らに対する本件家屋の明渡、被告石田に対する損害金の請求はすべて理由がない。

よつて訴訟費用につき、民事訴訟法第八十九条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判官 大野美稲)

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